前章で,状態方程式から安定性を調べる方法を学んだ。すなわち,対象が安定であるとは行列の固有値が複素左半平面内にあるときであった。それでは,仮に対象が不安定なとき,どのような制御方法で,どのような条件のもとで安定化を図ることができるのだろうか。ここで,不安定な対象とは,自然に存在する物としては考えにくいが,人工物としては,倒立振子や磁気吸引浮上,方向不安定な各種ビークル,核融合炉のプラズマ閉じ込めなどに見られる。また,制御手段としては,「状態フィードバック」というものを考える。これは,すべての状態変数の線形結合を各入力にフィードバックするもので,各状態変数の変化を即座に入力に反映させることができるという意味で,最も強力な手段である。ただし,すべての状態変数にセンサを付けること()が前提となるので,しばしば理想的な手段である。
さて,状態フィードバックによって安定化可能である条件は「可安定性」と呼ばれるが,これを直接明らかにするのは容易ではない。そこで,状態フィードバックによって行列のすべての固有値を複素平面のどこにでも移動できる条件に等価な「可制御性」に着目する。これにより,線形性が保たれる限りにおいては,どのように速い時間応答でも実現できることになる。これに対し,可安定性は,行列の不安定な固有値のみを複素左半平面内に移動できればよく,安定な固有値は移動できなくともよい。このような可安定性と可制御性の微妙な違いを,最終的には数学的理論展開を追って理解してほしい。 |
特異値分解(singular-value decomposition)
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定理 をサイズの行列()とする。このとき,サイズの直交行列とサイズの直交行列が存在して
(1)
が成り立つ。ここで,サイズの行列は,次を満たす(は,がサイズの行列であることを示す(は行数と列数の区切)。)。
(2)
(3)
を満足するものである。
証明 だから,仮定より,は個の正固有値と個の零固有値をもち,互いに直交する固有ベクトルをもつ。そこで,の固有値の正の平方根を,大きい順に,のように表し,対応する固有ベクトルをを満足するようにとることができる。いま,を式3のように,また
(4)
とおくと,は直交行列となり,つぎが成り立つ。
(5)
(6)
式6の第2式の左から,をかけて
(7)
また,とおくと,式6の第1式からを得る。そこで,をが直交行列となるように選ぶと
(8)
が成り立つ。これより,式1を得る。
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例題 行列の特異値分解は
(9)
のように与えられることを確かめなさい。
解答 のサイズはであるが,のサイズはであるので,を計算するととなる(サイズの行列の特異値を手計算で求めるには,とのが同じ非零固有値をもつことから,サイズの小さいほうの固有値計算を行えばよい。)。これから,の固有値はで,その正の平方根が特異値であるが,定理??のの対角成分の特異値は大きい順に並べる約束であるので
(10)
のように,とが決まる。つぎに,については,視察によって
(11)
としてよい。ここでとが直交しており,の制約がある。式(11)からが出て,と定まる。
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それでは,階段化アルゴリズムについて述べる。
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アルゴリズム<階段化アルゴリズム(staircase algorithm)>
入力パラメータ
出力パラメータ
ステップ1 初期化
とおく。
ステップ2 の階数決定
をに更新し,に対して,つぎの特異値分解を行い,の階数とを求める。
(12)
(13)
もしまたはならば,と設定して終了する。そうでないときは,ステップ3へ行く。
ステップ3 座標変換
を,を用いて
(14)
と設定し,とを,次式から求める。
(15)
ステップ4 の切り出し
をに更新し,に対してつぎの分割を行い,を得て,ステップ2へ戻る。
(16)
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例題
階段化アルゴリズムを用いて,つぎの可安定性を調べなさい。
(17)
解答 階段化アルゴリズムの各ステップは,つぎのように計算される。
ステップ1:とおく。
ステップ2:とし,に対する特異値分解
(18)
から,の階数とが求まる。
ステップ3:かつなので,ステップ4へ行く。
ステップ4:とし,を求めると
(19)
となり,とする。
ステップ5:とする。に対する分割から,を得る。
ステップ2′:とする。は零行列なので,その階数はである。
ステップ3′:なので,のように設定する。
以上から,式(24)は,つぎのように得られた。
(20)
ここで,は零行列で,より,条件S0が成り立つ。よって,は可安定である。
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まず,可安定性と可制御性は座標変換により不変であることを示す。
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定理 が可安定対[可制御対]ならば,も可安定対[可制御対]である。
証明 次系に対するによる安定化可能性は,座標変換後のに対するによる安定化可能性と等価である。実際
(21)
が成り立ち,閉ループ系の固有値は,座標変換によって不変だからである。
可制御性については,シルベスターの公式
(はの列数)
を用いて
(22)
が成り立つことから,定理の主張を得る。
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この定理に基づいて,可安定性や可制御性の判別をしやすいように座標変換行列を選ぶことを考える。すなわち,次系に対して,つぎを満足するように座標変換できるかどうかを調べる。
(23)
ただし,は可制御対とする。このブロック線図を描いてみればわかるように,状態は入力の影響を受けることはない。したがって,可制御性は成立しないこと,そしてが安定行列かどうかが可安定性と関係していることは想像がつくであろう。以下では,この判定法が導かれること示す。
「式(23)のように座標変換できれば,が安定行列のとき可安定性が成り立ち,そうでないときは可安定性は成り立たない。また,式(23)のように座標変換できなければ,可制御性が成り立っている。」
つぎの結果は,階段化アルゴリズムを用いて得られる。
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定理
サイズの行列とサイズの行列に対して,つぎのように変換する直交行列が存在する。
(24)
ここで,は正整数,またのサイズをとするとき(),つぎが成り立つ(は横長の形状となり,行フルランクをもつ。また,は横長で,行フルランクをもつ行列または零行列のどちらかである。)。
(25)
(26)
(27)
このとき,が可制御対であるための必要十分条件は
条件C0: 式(24)において,
が成り立つことである。また,が可安定対であるための必要十分条件は、つぎが成り立つことである。
条件S0: 式(24)において,のとき,は安定行列
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のとき,式(23)のような形式が得られていることは,式\(ref{eq3.4.3})のを上のと読み替えれば明らかであろう。また,可安定性と可制御性と相違は,前者がばかりでなくを許すところにあることに注意する。可制御性の条件C0と可安定性の条件S0の妥当性は,あとで示す。
それでは,まず可制御性について,新しい条件を追加した定理を述べる。
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定理 可制御性が成り立つための等価な条件
定義: 任意初期状態を,任意有限時間内に,任意状態に移動可能
条件C1:
条件C2:
条件C3: を選んで,の固有値を任意に設定可能
条件C4: (はのすべての固有値)
条件C5: (はのすべての固有値)
ここで,条件C4を満足するの固有値は可制御固有値,満足しない固有値は不可制御固有値と呼ばれる。
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前節までに,定義条件C1条件C2条件C3を示したので,以下では,条件C3条件C0条件C4条件C5条件C2を示す。
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証明 <条件C3条件C0>
とすると,式(24)を用いて
(28)
となり,閉ループ系においての固有値はそのまま残るが,C3に矛盾である。
証明 <条件C0条件C4>
を任意の複素数とする。に,式24を適用すると
(29)
を得る。ここで,は横長の形状となり,行フルランク(行数に等しい階数)をもつので
(30)
に,シルベスターの公式を適用して
(31)
を得る。この階数がより小さくなるのは,式(29)から明らかなように,がの固有値に等しい場合である。したがって,はの固有値について調べれば十分である。すなわち,条件C4を得た。
証明 <条件C4条件C5>
条件C4は,を次元ベクトルとして
(32)
すなわち
(33)
と等価である。
証明 <条件C5条件C2>
条件C5より
(34)
を得て
(35)
が成り立つ。これは条件C2を意味する。
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それでは,可安定性が成り立つための条件について考えよう。可制御であれば可安定であるので,問題は,不可制御で可安定の場合をどのように特徴付けるかである。不可制御であれば条件C0が不成立なので,となり,の固有値だけは状態フィードバックによってどうすることもできない。このとき可安定であるためには,が安定行列であることを前提とするしかない。これは条件S0そのものであり,可安定性の条件としての妥当性が得られた。
このことを踏まえて,可安定性の条件はつぎのように表される。
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定理 可安定性が成り立つための等価な条件
定義 状態フィードバックにより安定化可能
条件S1: (はのすべての不安定固有値)
条件S2: \quad (〃)
証明 定義条件S0だから,条件S1条件S2との等価性を示せばよい。そのために,のとき,式(29)の行列のランクが落ちるのは
(36)
(37)
の部分で,がの固有値に一致した場合である。したがって,条件S0を保証するためには,にのすべての不安定固有値を入れて,式(37)を調べ,列フルランクとなればよい。すなわち,条件C4条件C5において,はのすべての不安定固有値という条件をつければよい。
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上の可制御性と可安定性のさまざまな条件のうち,理論展開では条件C5とS2が,数値計算では条件C0,C4と,条件S0,S1がよく用いられる(条件C5条件C4と条件S2条件S1による判定法は,PBH(Popov-Blevitch-Hautus)法と呼ばれる。)。
例えば,可制御性は状態フィードバックにより不変であることを示そう。
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定理 が可制御対ならばも可制御対である。
証明 条件C5より,任意のに対して
(38)
成り立つので,これを仮定して
(39)
を示せばよい。実際,より
(40)
を得るが,このようなは,仮定(38)より,でなければならない。
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