まえがき

本書は,動く物の制御に関心をもつ工学系の学生の皆さんに,状態方程式に基づく制御について説明するために書かれている。言うまでもないことだが,何らかの動く物を制御しようとすれば,それは物理法則に逆らってはできない。したがって,制御の出発点は,対象の動きを支配する運動方程式や回路方程式であり,これは一般には非線形の微分方程式で表される。どのような制御を行うかについてはさまざまなものが考えられるが,最も基本的なものは,ある物理的な釣り合いの状態(平衡状態)を保持することであり,この目的は安定化と呼ばれている。そのためには,すべての状態変数の変化をセンサによって即座にとらえて対象を操作する仕組み(状態フィードバック)と,またセンサの不足に備えて状態変数を推定する工夫(状態オブザーバ)が基本となる。

ところで,対象の時間的振る舞いは,ある平衡状態の近くでは,重ね合わせの原理がほぼ成り立ち,線形の微分方程式で十分近似できることが多い。これをラプラス変換して得られる伝達関数を前提にして,周波数領域で制御方式を考えるのが「古典制御」である。これに対し,状態空間法と呼ばれる本書のアプローチは,運動方程式や回路方程式から状態方程式を導いて,時間領域で制御方式を考えるもので,「現代制御」として知られている。近年は,古典制御と現代制御は相補的な関係を一段と強め,より高度に発展させられている。本シリーズでは,古典制御については,「フィードバック制御入門」で説明されている。また,その編集委員会によって,現代制御の線形理論について説明する本書のタイトルは,「線形システム制御入門」と与えられ,解析より設計の話にやや重点をおくことが意図されている。

以上のことをふまえて,本書では,現代制御の考え方を説明するためのストーリをつぎのように組み立ててみた。

1章 物理法則から状態方程式を導く
2章 状態方程式から安定性を調べる
3章 いつ安定化できるのか(可制御性と状態フィードバックの話)
4章 センサが足りないが大丈夫か(可観測性と状態オブザーバの話)
5章 安定化を適切に行う(最適制御の話)
6章 定値外乱を抑制する
7章 非線形の運動方程式から始める
8章 伝達関数から状態方程式を導く

ここで,1章から6章までは,2.3節の一部を除いて,対象が線形微分方程式で表される線形システムだけを扱い,7章で非線形システムへの対応について,8章で伝達関数と状態方程式の間の関係について述べた。したがって,微分積分,線形代数,力学,電気回路に関する基礎知識があれば,本書の大部分は古典制御よりも先に読めるであろう。つぎに,記述にあたっては,1次系について導入を行ったうえで,その結果を一般の高次系に拡張するというスタイルをとった。特に2次系についての説明は丁寧に行った。さらに,いくつかの節には$^*$印を付けて,最初はスキップしてもよいことを示した。

本書を,半期(約12時間)の現代制御のテキストとして使う場合は,1~5章と8章をじっくり勉強する基礎重視のコースと,1~7章で1次系と2次系に関する議論をおもにフォローし,高次系についての結果を受け入れていく応用重視のコースの2通りが考えられる。後者においては,実際の制御系設計で必要となる数値計算の指針を演習問題の形で示したので参考にしていただきたい。

おわりに,編集委員の先生方には,著者の拙い原稿に何度も目を通していただき,数多くの貴重なコメントをいただいた。このご支援に対し,心より感謝の意を表したい。それにもかかわらず,著者の力不足のため,現代制御のテキストとして至らないところがあることを恐れている。読者の率直なご意見を,{\tt kajiwara@nams.kyushu-u.ac.jp}まで,お寄せいただければ幸いである。

2000年3月
梶原宏之