1. はじめに
大学の国際化の流れの中で、8大学工学系部局は次のような問題に直面している。
【問題1】世界的な人材獲得競争の下で、優秀な工学系留学生をどう確保するか。
【問題2】留学生ばかりでなく日本人学生も含めて、国際的に通用する工学系分野の学力をどう保証するか(特に大学院生の場合)。
まず、問題1に関しては、たとえば、授業を英語で行うことが求められているが、日本人学生の理解力は落ちないのか、また新興国からの留学生は日本での就業機会を求めることが多いので日本語での専門能力も大切ではないかという懸念がある。ときには、何のために留学生をこれまで以上に受け入れようとしているのか自問する教員も多い。つぎに、問題2に関する一般的な議論は緒についたばかりであるが[1]、8大学工学系部局の使命(博士課程修了生の輩出など)を考えると、次が問われていると言える。
【問題3】グローバル経済社会における問題の迅速な解決のためにイノベーションを生み出すことのできる博士課程学生の教育をどう行うか。
当分科会では2年間にわたって、6回の会議と1回のシンポジウムを開催し、上述の問題、特に問題1と問題3について検討してきた。これまでの議論を8大学工学系部局の国際戦略として取りまとめるにあたり(第6.4節)、問題の本質の理解の一助とするために、それぞれ次の2つの調査結果を述べる。
【調査1】Brain Mobility(第2節)
【調査2】Brain Circulation (第3節)
まず、調査1では、今後10年間の留学生の増加は尋常でないことを統計データで確認する。やはり、人口や経済力に応じた留学生の受け入れは避けられないのなら、どのようにして、優秀な学生を戦略的に確保するかが問題となる。これまでそれに成功し、今日のグロバール経済社会の形成に寄与しているのは米国である。その実態は次の文献([2]~[6])によく記されている。
AnnaLee Saxenian: The New Argonauts ? Regional Advantage in a Global Economy
本書のキーワードは頭脳循環(Brain Circulation)であり、その主役は米国に留学しPh.Dを取得した移民技術者である。頭脳循環は結果論、解釈論に過ぎないとも言えるが、オープン・イノベーションに関心をもつ革新技術に詳しい工学系部局においてこそ、真の評価ができるはずである。調査2では、上記に基づいて8大学工学系部局の国際戦略立案に参考となる知見をまとめている。
8大学は、お互いに競争関係にあることも事実なので、同じ国際戦略を描くことはまずあり得ない(連携する場合は別であるが)。すなわち、8大学工学系部局にはそれぞれの競争優位性があるので、戦術面では独自のものを展開することになる。したがって、当分科会で議論したのは、頭脳循環をベースにした8大学工学系部局の国際戦略の枠組みとそのための検討課題であって、たとえばどうやって英語で授業を行えば日本人学生の理解力は落ちないのかなどの戦術面には立ち入っていない。