[1] 現在、PCR検査拡大について賛否が分かれています。たとえば
●左翼メディアと煽り系専門家たちの罪
●無症状にPCR検査して隔離する世田谷モデルはどこがアホなのか説明する
●日本がコロナ第3波を避けられない決定的弱点
などを読むと、どれも説得力があって迷ってしまいます。ただ、一般的に言われている賛否の理由を整理してみると次のようになるかと思います。
●検査隔離拡大の反対理由:
(1) 偽陰性者が市中感染を広める(症状のある者・濃厚接触者に限定すべき)
(2) 偽陽性者数は偽陰性者数を上まわり、検査の無駄が多い(厚労省の特異度は99%、世界標準はほぼ100%)
●検査隔離拡大の賛成理由:
(3) 無症状者に繰り返し検査を行ない、検査陽性者を隔離することが、市中感染抑制につながる
(4) 無症状で検査陰性であることが経済を回すための国際ルールとなりつつある
個人的には(3)が重要だと思うのですが、今一つ理屈がよく分からないというのが、筆者ばかりでなく大方の率直な印象ではないでしょうか?その理解の一助となることを目指して、ここでは感染ダイナミックスに基づいて、一体どれくらいの人数を検査・隔離すればよいのか、具体的には市中感染者の何割ぐらいを検査・隔離すればよいのかを調べてみたいと思います。
[2] いま、当該地域の人口を、感染率を、回復率を、削減率を、隔離率をとすると、感染が収束に向かうには、次式が成り立つ必要があります。
ここで、は基本再生産数と呼ばれています。自粛をしていない場合は削減率なので次式となります。
また市中感染者数をで表すと、これに隔離率をかけたが日々報告される感染者数となります。したがって、日々報告される感染者数をで割れば、検査すべき市中感染者数を見積もることができます。
いま(5)の右辺を
とおいて、を1.5, 2.0, 2.5, 3.0の4通り、を0, 0.2, 0.5, 0.8の4通り、を0.04, 0.08, 0.12, 0.16の4通り、すべての組合せ通りについて、の値を計算したものを、表1の左側に示します(負値を与える組合せはすでに収束に向かっていることを意味します)。また対応するを表1の左側に示します。これは検査拡大率を意味します。その棒グラフを描いた図1から次が分かります。
●基本再生数が小さいほど検査拡大率は大きい
●削減率が大きいほど検査拡大率は大きい
したがって、検査拡大は、基本再生数が小さい(感染力が小さい)ときほど、削減率が大きい(自粛レベルが高い)ときほど必要と言えます。すなわちよく言われるように感染が一旦収まったときに徹底した検査を行うべきという主張を裏付けるものと思われます。
表1 と
図1 表1のの棒グラフ
注 感染ダイナミックスの著名なものはSIRモデルと言われます。これに自粛率(は削減率)ばかりでなく、隔離率を導入し、SIQRモデルとして提案されたのは小田垣先生です。詳しくは感染ダイナミックスをご覧ください。そこで示している初期成長率(31)式から上の不等式(5)が得られます。あくまで感染初期に適用できる式です。
[3] さて、図1に全国の新規感染者数の実績値の時系列を示します。これを見ると、5月下旬から6月までは第1波が収束していた時期です。ところが7月から急速に感染者数が増加していきます。7月は正に自粛なしの期間と言ってよいかと思います。図2に対応する基本生産数を図3に示します。7月の1か月間では、、と読み取ることができ、(7)は次式となります。
したがって、全国レベルで日々1000人前後の感染者数が報告されていたので、この約17倍(1/0.06=17)の検査が毎日必要だったと言えそうです。さらに3か月間週1回のペースで繰り返し12回検査するとすると、約20万人規模の検査が必要だったと言えそうです。
以上は、少し大雑把で強引な議論ですが、経済を回すために自粛せずに、感染収束に向かわせるためにはかなりの検査規模が必要になることが分かります。このことが、反対理由(1),(2)から生じるデメリット(検査の無駄)を打ち消すことになるのかは明確ではありませんが、ご参考になればと思います。
図3 全国の新規感染者数の実績値
図4 全国の基本再生産数の推定値